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第1話 第2話 第3話 最終話
● 最終話 歯 黒  猛 夫
 

 九月十五日、本宮。
 この日、祭りはクライマックスを迎える。
 宮一番の宮本町は午前八時に町内を出発する。そのまま浜方向へ下り中之濱町で潮かけをする。浜の潮水でお清めをするのだ。その後、ゆっくりと水道局の前まで進み、時間まで待機する。時間がくるとコナカラ坂を一気に駆け上がる。坂を上り詰めると二の丸方向へ直角に右折し、その後、本丸を囲む内堀に沿ってゆっくり進み、岸城神社に参拝する。
 コナカラ坂を上り詰めた時のヤリ回し。それが、この祭りの最大の見所と言う人もいる。このときだけは一旦停止をしないでかなりのスピードのまま走り抜ける。足がもつれて転倒するものもいる。曳き手は十分な間隔が取れず、詰まった状態で駆け上がって行くので一人が倒れると将棋倒しになり、そのままだんぢりの勢いがなくなり、坂の途中、もしくは曲がり角で止まってしまうこともある。もしくは、調子よく駆け上がったつもりでも、曳き手や前梃子、後梃子のタイミングが合わず、大きく膨らんでコースを逸脱し、曲がり切らずに止まってしまうこともある。
 わずか数十秒間。その間に男たちはすべての神経を尖らせ、全体力を使う。
 わたしたちは坂を上り詰めたところで見物していた。坂を挟んで両側に建つ市役所と市民会館には溢れかえるほどの人間が渦巻いている。
 やがて坂の裾に人々の掛け声と囃子の音が響いて来た。
「来た…」
 朝子は小さくつぶやいた。
 ここからは遠くて滝田や寺西の姿は見えない。同じ模様の黒いハッピを着た群衆が塊となっている。興奮は嫌が応にも盛り上がる。
「ここは岸和田市、岸城町にあるコナカラ坂です。真っ青に晴れ渡った秋空に三層の天守閣、岸和田城が聳え立っています」
 やぐらを組み、見物人よりも遥か上方でテレビのアナウンサーが解説を始める。
「いよいよやなぁ」
「そうや、今年も終わりやなぁ」
 隣でお年寄りの二人連れが話を交わす。若いころは二人もこの坂を目一杯に駆け上がったのだろうか。そんなふうに思うと少しだけ緊張の糸が解け、なんだか顔がほころんでしまう。
「押さないでください、絶対押さないでください」
 警官がスピーカーで怒鳴っている。だれもが今や遅しと疾風のように目の前をだんぢりが通り過ぎる様を心に描き、待ち構えている。

 午前十時。
 宮本町の纏が上ってくる。その後に続く幼い子供達。子供と一緒に駆け登ってくる母親。町の浴衣を着て、孫の手を引くおじいさん。小旗を持った世話人。
 そして、曳き綱の先頭が上ってくる。
(滝田)
 わたしは声を出さず、わたしのためにこの数日を過ごしてくれた男の名を呼ぶ。自惚れだって何だっていい。今はそう思いたい。
 だんぢりは身動きしない。曳き綱だけがピンと張られる。緩んでいては危険だ。それだけ先頭の綱先は力の限り走り抜けなければならない。
 滝田も寺西も行く先を見つめて身構えている。たとえ、後ろに続く子供達がテレビカメラに向かってピースサインを送っていても、二人は今まで以上に真剣な眼差しで前を向いている。
 そして…。
−ピピー!
 合図の笛が鳴る。
 全員がいっせいに駆け出す。
「滝田、頑張れ!」
 わたしは思わず大声を出してしまった。
 綱先は遥か二の丸の方へ去って行く。
 続いて小学生の子供達が駆け上がってくる。足がついていかずに転ぶ子もいる。
「こけても綱、放すな」
 それが幼いころから教え込まれる鉄則だ。小学校でもちゃんと曳き方講習会を開く。綱を放さなけければ横について走る世話人や若頭の大人たちが拾い起こしてくれる。手放せば、誰かがつまづいて将棋倒しになる。
 子供達は言い付けをよく守り、引きずられても決して綱を放さない。
 続いて中学生の女の子たち。
 やはり足がついていかず転倒するコが続出する。しかも、こらえ性のない彼女たちはすぐに綱を放してしまう。それを素早く、横についていた誰かが助け起こす。見ているこっちまでハラハラする。
 中学生、そして青年団。
 坂の途中までテンポよく刻まれていた囃子はここに来てリズムを早める。
「ウオー!」
 ソーリャー、ソーリャーの掛け声が一気に怒号に変わる。男たちがより力を込めて綱を曳く。だんぢりは坂の頂点に差しかかる。舞い踊る大工方が屋根の内から外に飛び移り、身構える。綱元が曳き綱を押し込める。前梃子が内側のコマに入る。大工方の合図で後梃子に男たちが群がり、ドンスを引き、梃子がねじれるほどの力を加える。
「ウワー!」
 見る者、曳く者、曲げる者。全員の歓声が上がる。だんぢりは遠心力で内側のコマを少し浮かせながら見事に曲がった。
「ヤッター!」
 朝子は手をたたき跳びはねる。わたしも思わず朝子の肩をたたく。見ていた者すべてが拍手を送る。
「バンザーイ、バンザーイ!」
 そのまま内堀へたどり着いただんぢりは一旦止まり、万歳三唱が沸き起こる。
(よかったね、寺西、滝田)
 わたしは声に出さずに称賛を送る。姿の見えない二人も今頃心地よい疲労に包まれていることだろう。
 しばらくの間静寂が戻る。だんぢりはゆっくりとした囃子のリズムに乗って、秋空に白い城郭の向こうに消えていった。

 昼前に宮入りは終了した。上町、五軒屋町、他十一町。スピードが落ちてしまった町、曲がり切れなかった町。色々あるが、まずは無事終了した。昼食の後、午後の曳行に入る。最後の力を振り絞り、男たちは駆け続ける。声が嗄れ、足が棒のようになってもアスファルトを踏み締め、だんぢりを曳く。狭い町に人は溢れかえっている。そんな狭間をだんぢりは走る。
「どけ!どけ!」
 人込みをかき分け、押しのけ、だんぢりは走る。見ている者にはまったく優しくない。男たちにとって祭りは参加すべきものでしかない。
「すごい人、ほんま、腹立つわ」
 朝子は言う。確かに、地元の人間が、曳きたくても曳けない人間が興味本位の観客に蔑ろにされるのはどこかおかしい。
「経済効果がどうのこうの、そんなん関係ないわ。祭りで金儲けしようやなんて、サイテーや」
 朝子の愚痴はいちいち正論だ。わたしは朝子のような岸和田の女になりつつある。
 日も暮れ始めると昨日と同様に提灯が灯された。滝田と寺西はやはり、提灯の長竿を振っている。わたしたちはそんな二人について夜の町を歩いた。滝田と寺西は手に缶ビールを持っている。昨日のこともあるので今夜は寺西が竿を手にしている。滝田は顔を真っ赤にしてはしゃぎ回っている。そんな無邪気な滝田をわたしは微笑を浮かべて眺めていた。
「よかった、ホンマ、よかった、なあ、寺西」
 ロレツの回らない声で滝田は言う。
「ボクな、ホンマ、宮本の青年団は入ってよかったわ。みんなと一緒にだんぢり曳けてホンマによかったわ。こんな楽しいのん今まで知らんかったて、ホンマ、アホみたいな話や。祭りは最高や、だんぢりは最高や、宮本町は最高や」
 滝田はその後一人で万歳をしていた。
「アホ、やめとけ」
 寺西は慌てて止めようとする。しかし、滝田はそれを振り切って万歳を続ける。
 朝子は幸せそうな顔で寺西にぴったりくっついていた。わたしは少しだけうらやましく思った。そして、そんな感情のまま滝田を見た。
 滝田は一人で何かをわめき散らしながら両手を上げている。
「ボクは宮本町青年団綱先係の滝田学や。宮本町、バンザーイ、バンザーイ!」
「やっぱり、あれはちょっと…」
 わたしは苦笑を浮かべてしまうのだった。

 そして、十時。
 スーパーの前に止められた宮本町のだんぢりは、灯りを落とし、提灯を外し始める。艶やかだった姿が元に戻っただけなのに、ほのかなアーケードの明かりに浮かぶその姿は疲れているようで、寂しげで、何とも言えない感傷を与えてくれる。
 全部の提灯を外し終わっただんぢりは暗がりの中をゆっくりと、路地の向こうにある小屋へと戻っていく。それと同時に、時間も再び日常へと戻っていく。あの興奮と喧噪がまるで夢物語であったかのように。
「おかげさまで事故もなく、無事入庫できました。これもひとえに、各種団体の皆様方のおかげだと思います」
 町の責任者があいさつする。続いて、各曳行団体の責任者がそれぞれあいさつする。このころになると、かすんだ声は涙で湿り、言葉となって現れない。車座になって座る男たちも所々で涙を流している。笑顔を浮かべ、拍手を送っていてもその目は潤み始めている。
 去年までのわたしなら、それも馬鹿げた光景だとけなすことができただろう。けれど、今年はダメ。寂寥とした思いはこの数日間を見つめてきたわたしの胸にも詰まっている。
「宮本町、バンザーイ!」
「バンザーイ、バンザーイ!」
 万歳三唱の渦の中、寺西も滝田も涙を流している。割れんばかりの拍手。そして、小屋は静かに閉じていく。
「よかった、よう頑張った」
 寺西は滝田の肩を抱き、叩く。滝田はぐしゃぐしゃになって泣き崩れている。
「ありがとう、ほんま寺西、ありがとう。寺西のおかげや」
「アホ、なに言うてんねん、礼言うのはこっちの方や」
 朝子もそれに釣られて泣いていた。わたしは涙がこぼれ落ちそうになるのを必死になってこらえていた。
 祭りは終わった。そして、来年の準備はこの時点からスタートするらしい。幹部は一年で交替する。来年の幹部は感傷に浸る暇も無い。
 それでも寺西たちの一年目は終わった。
 堅く閉ざされた扉を眺めつつ家路につく男たち。
 わたしも泣きじゃくる朝子の肩を抱き、家へ向かうのであった。

 次の日。
 当然授業は普通どおりに行われる。滝田は疲れた体と痛む筋肉を引きずって何とか席についていた。
「では、次のところ、滝田君、読んでください」
 英語の教師が滝田を指名する。滝田は立ち上がり教科書を読み始める。しかし、声は嗄れ、何と言っているのか分からない。
「滝田君、どうしたの?」
 滝田の顔面は二日酔いのためか少しむくんでいる。
「祭りです」
 滝田は自慢げに答える。
「お祭りって、君は…」
「ボクは宮本町の青年団です」
 胸を張って滝田は言う。呆れる教師、ざわめく教室。
 わたしはほほ笑みを浮かべる。朝子も笑みを浮かべてわたしに目配せする。
 炎天下を走り抜け、滝田の顔は日に灼けている。その表情は凛々しく逞しく、男らしさが滲み出ていた。

「滝田が言うんやけどよ、智恵美、お前と付き合いたいんやて」
 放課後。人気のないプール裏に呼び出されたわたしは満足に声の出ない寺西から言われた。寺西の隣には真っ赤な顔をした滝田がうつむいている。
「お前やてな、滝田にだんぢり曳いたら付き合うちゃるて言うたの。滝田、あんなけ一生懸命やってたのん知ってるやろ。な、ウンて言うちゃれよ」
 わたしは恥ずかしげにうつむく滝田を見た。
「わたし、お祭り嫌いやねん」
「え!」
 驚く滝田と寺西。
「嫌いやったねん、滝田君にああ言うたんは口から出まかせ」
「お、お前なぁ…」
 寺西はわたしに食ってかかろうとする。
「そやけど、それはあのときまでの話。今は大好き。お祭りも、お祭りに一生懸命になる人も大好き」
 滝田は喜びをあらわにした。寺西は肘で滝田をこついている。
「そやけどな、わたし、滝田君のこと何にも知らんやん。それにな、一人の人と付き合うのって性に合えへんねん」
「それじゃあ、どうしたら…」
 滝田は真剣な眼差しで聞く。
「とりあえず、友達からでエエんとちゃう?朝子とわたしと寺西と。それでエエんとちゃうのん?わたしも滝田君が思てるような女とちゃうと思うよ。ずる賢いし、我がままやし、短気やし。それは寺西がよう知ってるやろ?」
 寺西は腕を組んでうなずいている。滝田は複雑な表情だ。
「よし、決まり!今度の日曜にな朝子と遊びに行くねん。寺西と滝田君も一緒に行こ」
 わたしの誘いに、それまで不安な表情を浮かべていた滝田は大きくうなずいた。
「ダブルデートか」
「いやなん?」
「いいや」
「ほな、決定!」
 計画は朝子が立てたものだった。朝子はそのとき寺西に衝撃の告白をするつもりらしい。わたしは早く承諾を得たことを伝えなければならない。身をひるがえして駆けて行く。後に残された二人はどんな顔をしているのか、想像したとき笑みがこぼれた。
 今年の祭りは終わった。けれど、来年も再来年も、祭りはきっと続いていくだろう。そしてわたしたちは大人になっていく。それまでの三年間、この学校で過ごすことになる。幼さを残し、大人を見上げ、焦らずゆっくり生きていく。
 わたしはこの学校が好きになり始めていた。寺西がいて、朝子がいて、滝田のいるY高校が好きになっていた。平和で安心で退屈な日常のどこが悪い。男は特別なときだけ雄々しく吠えることができればそれでいい。そして、そんな二日間をもつ岸和田が大好きだ。
 グランドではクラブの練習に熱中する声が大きく響いている。わたしは教室目指して駆け続ける。朝子が待ってる。きっと一人でそわそわして待っている。
 通り過ぎる秋の風は、もはや聞こえるはずのないだんぢり囃子をわたしの耳元で微かに奏でてくれるのであった。

 後日談。
 十三日のエスケープ、十四日の無断欠席のため、生活指導に呼び出された。部屋には同じようなメンバーがそろって一通り小言を受けた後、始末書を書かされた。
「来年は必ず出席します」
 そういう内容なら無事放免。けれど、滝田は『来年も必ず休みます』と記し、書き直しを命じられた。
「それでも来年は休んでやる」
 ガリレオみたいなことを言って、滝田は生活指導の教師に頭をはたかれていた。

 

 (あとがき)

 今回の作品を読んで頂くとおわかりのように、僕は岸和田市宮本町の出身で、親父も兄貴も祭りには参加しています(ちなみにウチの兄貴は前梃子係)。つまり、祭りについてはきれいな部分から汚い部分まで知っています。そんな、知りすぎた事を第三者に伝えるのは、特に小説という形で表現するのはかなり難しい作業です。だから、この作品の主人公は女子高生で、しかも、祭りが嫌いという設定にしてみました。祭り自体は事実だけれど、高校生の女の子が感じる事象は僕にとってフィクション。それなら、思いきり美化することもできるし、けなす事もできる。なぜなら、作品中の祭りに関する思い入れや知識は自分自身のものじゃなく、主人公である智恵美のものなのですから。
 僕は青年団幹部のとき張元(会計のトップ)を務めました。参拾人組のときも張元。つまり、鳴物、団長、大工方、前梃子という華々しいポジションとは無縁でした。けれどそれは、祭りに参加する大多数がそうであって、そして、僕たちは何も、花形とされる役目の人間の為に祭りをやっているんじゃない。いかに巧く、早くだんじりを走らせ曲げるかに苦心し、いかに楽しく終えることができるか考える。いろんな立場の人間が、様々な思いで一生懸命取り組んでいる。寺西や滝田を新団の綱先という目立たないポジションに設定したのはそのためです。
「祭りの何が楽しいの?」
 泉州から他の土地へ通勤・通学していた経験のある人は必ず問い掛けられる質問だと思います。僕も明確な答えを出すことができずに苦労したことがありました。寺西の思い、滝田の思い、朝子の思い、そして智恵美の思い。それぞれの思いが多分正解で、だから、この作品に登場する人物は僕の考えの代弁者でもあります。僕は寺西かもしれないし、滝田かもしれないし、智恵美かもしれません。そして、確固とした答えを見出すことができずに、祭りを続けていくことでしょう。
 今回いろんな人からメールや泉州人の住む街(8丁目227号)に感想意見を送っていただきました。おおむね好評で、機嫌良く連載を終えることができそうです。心から感謝いたします。特に、和泉高校33期有志の方々、泉州人管理人のBoze1号様、ありがとうございました。そして、当サイト管理人の立花様には一方ならぬご尽力を賜り、心より御礼申し上げます。
 最後に。どなたかこの作品をドラマ・映画化、出版するおつもりはございませんか?興味を持たれましたらご一報くださいませ。NHKの「ただいま」なんかに負けないぞ!
 じゃ、またお会いしましょう。

 2001年2月
                     宮本町若頭 歯 黒 猛 夫

  おしまい
 

この小説の著作権は、作者 歯黒猛夫にあります。
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