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第1話 第2話 第3話 最終話
● 第1話 歯 黒  猛 夫
 
「た、高橋さん、ボ、ボクと付き合ってください!」
 同じクラスの滝田学は校舎の裏でわたしに言った。
「ごめんなさい」
 わたしは正直な気持ちで謝った。
「どうして…」
 度の強いメガネの向こうの、ちょっとだけ女の子のような瞳を潤ませ、滝田はわたしに理由をたずねた。
(面倒くさいなぁ…)
 滝田が嫌いだというわけではない。かといって、もちろん好きだというわけでもない。つまり、彼はクラスの中に存在する、少しだけ頭のいい男子生徒だというだけで、特別な感情を抱くことのできる異性ではない。
 メタルフレームのメガネをかけ、きれいに刈り上げた髪の毛を七三に分け、背は低く色白痩身。いつもクラスの隅で同じような男の子たちと談笑している。授業中はまじめに教師の話を聞き、ノートに鉛筆を走らせている。
予習は完璧、宿題を忘れることなど絶対にない。
 この高校には珍しくないタイプだ。
「そうねぇ、わたしも岸和田の女やさかい、だんぢり曳けへん男の子はちょっと…」
 わたしは思いつくままにデタラメを言った。
「けど、ボクの町にだんぢりは…」
「残念やね」
 滝田は山の手、新興住宅地に住んでいる。
わたしはそれを知っていた。知っていたからこその言い訳だ。
「じゃあ」
 わたしはたたずむ滝田を残してその場を後にする。
 夏休みも終わったばかり。九月一日のことだった。

 大阪府立Y高校。
 わたしがこの春に合格し、入学した高校である。
 旧制の泉南女学校。歴史は古く進学率も高い。かといって、京大、阪大に何人もの卒業生を送り込むようなレベルの学校ではない。
男子のほとんどは予備校へ進み、浪人生活を経て関関同立のいずれかへ進学する。女子は短大、専門学校、公務員、そして、銀行などへ事務員として就職するものが大半だ。中途退学率はゼロ。際立った不良生徒は存在しない。同時に優秀な成績を残す運動部もない。
ケンカなんか見たこともない。
 安穏として、ぬるま湯に浸かり切ったよう
な学園生活。教師が最も楽な高校と言っても
過言ではないだろう。
 わたしは通学時間が最も短いという理由でこの学校を選んだ。同じ距離内にはK高校が
あるが、そこまでわたしの成績は優秀ではない。幼なじみの朝子もY高へ進学すると決めていたし、両親も教師もY高ならと認めてくれた。
 大人になるまでの三年間、自分を眺めるのには打ってつけかも知れなかった。
「有名になり過ぎて困るわぁ。なあ、智恵美もそう思うやろ」
 その日の帰り道、朝子は晴れ上がった空を眺めて言った。
「え、何のこと?」
 わたしは滝田のことで頭の中が半分マヒしている。
「祭り、祭りのことやん」
「ああ、そのこと」
「ウチらちっちゃいころはカンカン場でも駅前でも一番前で見れたのに、何やの、このごろ、人ばっかりでエエとこで全然見られへん
やん。地元の人間が他所の人間のおかげで不自由してんやで、おかしいわ」
 岸和田の町には祭りがあった。高さ四メートルはあるというだんぢりを曳き回す。単純で、粗野で、荒っぽい祭りだ。その乱暴野卑なところがウケるのか、最近では東京からもテレビの取材にやってくる。
 けれど、わたしは岸和田に生まれ育ちながらこの祭りが大嫌いだ。
 京都の祇園祭や飛騨高山の祭りのように優雅さのかけらもない。当日溢れかえる見物人、終わった後のゴミの山。
 城下町岸和田は一歩裏に入れば静かな町だ。
海も近い、山も近い、大阪までは電車で三十分弱。便利で住みよいこの町は大好きなのだが祭りの存在だけは許せなかった。
 逆に朝子は祭りが大好きだ。結婚するなら岸和田の人、それも必ず祭りに参加する人と決めている。去年まではハッピを着て男の中に交じって曳いていた。生まれた子供に衣装を着せて、手を引いて走るのが夢だと言う。
「それに何やのん、ウチの高校の男連中。だんぢり曳くのんほんの一握りや。歯がゆいわ」
「寺西がおるやん」
 隣のクラスの寺西もわたしたちと同じ町に住む。同じ小学校を出て、同じ中学に進み、同じ高校に入学した幼なじみの一人だ。他の連中とは一風変わっていて、無口でいつも怒っているような表情を浮かべている。
「寺西…、うん、寺西なぁ…」
 朝子は彼の話になると照れたような顔に変わった。
 学校から海に向かって十分ほど歩き、南海線の線路を越えた辺りがわたしたちの住む町、宮本町。入り組んだ路地の奥、町のほぼ中央にだんぢり小屋がある。
 この日、囃子の練習なのか小屋は開けられ、鉦や太鼓の音が響いていた。
「ええなぁ、この音、この匂い。よくぞ岸和田に生まれけりや」
 朝子は感慨深げに言う。
 わたしは黙って朝子のとなりでだんぢりを眺めていた。
(こんなん曳っ張り回して、何がおもしろいんやろ)
 お盆も過ぎるころになるとこうやって小屋を開け、太鼓や鉦、笛の音がけたたましく響く。すぐ裏手にあるわたしの小さな家が揺らぐほどその音は巨大で、傲慢だ。しかも、九月に入ると毎晩準備のための寄り合いが始まり、夜遅くまで会館周辺には高校生からいい年をした大人までたむろする。
 わたしはその集団が恐くて夜に出歩くのをはばかってしまう。
(何を競うわけでもなし、ただ、曳っ張り回すだけ。ほんま、何がおもしろいんやろ)
 家はサラリーマンの父親がわたしの生まれる少し前に越して来た。だから、祭りには参加しない。母も他の土地の人間で、粗野で野蛮で危険な祭りには否定的だった。
「智恵美、今度の日曜、見に行くんやろ」
 朝子はわたしに言った。
「え?」
「試験曳きやん」
「あ、そうか…」
「行けへんのん?」
「朝子、曳けへんのん?」
「高校生やからなぁ、今年で卒業や」
「そうなん?」
「曳きたいんやけどな、お父ちゃんがやめときて」
 朝子の家は呉服屋を営んでいる。父親、兄はもちろん、母親までもが婦人会々員として何らかの形で祭りにかかわっている。
「祭りは危ない、嫁に行ける歳になってまでするもんやない」
 朝子の父はそう言うらしい。
「そやけど、みんな曳いてるやん」
「そやろ、そやけどお父ちゃん言いよんねん。もともと祭りに女は参加でけへんかったんやて。そやから未だに女はだんぢりに乗ることでけへん。戦争中、人手不足でしょうがなしに認めたけど、十五、六になってまでやるもんやないて」
 その意見には賛成だ。女が汗みどろになって太い綱を握り、男連中に混じって曳っ張る姿は同性の目から見てもカッコイイものじゃない。しかし、明らかに女性を蔑視しているこの風習には素直にうなずけない。女性だけではない、体の不自由な人ももちろん祭りに
は参加できない。そんな排他的なところもわたしが祭りを好きになれない理由の一つなのかもしれない。
「曳きたいなぁ、何か、体うずうずしてくるわぁ」
 朝子はやっぱりあきらめ切れない様子だった。
 九月に入っても残暑は厳しい。こんな中をあの巨大なだんぢりが走り回る。男たちは声を張り上げ、汗にまみれ、筋肉を痛め付けて曳き回す。とても正気の沙汰とは思えない。
 今日は九月一日木曜日。二時から四時まで繰り広げられる試験曳きまであと三日だった。

 岸和田市宮本町は南海本線岸和田駅から西に伸びる商店街を有した商業地区だ。その名のとおり城内に鎮座する岸城神社の宮総代を務め、十五日、クライマックスの宮入では常に番外として一番にコナカラ坂を駆け上がる権利を有している。祭りの内容は高さ四メートル、重さ四トンもあるという総欅造りのだんぢりを曳き回す。
 ただ、それだけ。
 速さを競うわけでもなく、ぶつけあうわけでもない。
 見物は曲がり角を一気にかけ曲がるヤリ回し。車のようにハンドルがあるわけじゃなく、直進しかできない構造のだんぢりを無理やり直角にねじ曲げる。曳き綱、前梃子、後梃子、そして大工方の合図。それぞれのタイミングがドンピシャリ合ったときにきれいに速く曲がることができるらしい。けれど、それが狂えばコースをはみ出し、道路脇の電柱や民家に激突する。遠心力でだんぢりが転倒することもある。そうなればケガ人はおろか、死者も出ることがある。
「歩いて曲がればいいのに」
 わたしは思う。
 巧く、速く曲がったところで何になるというのだろう。審査員がいて点数をつけるでもないのに。単純な自己満足にしか過ぎない。
 とにかく、そんな催しに老若男女が興奮し、熱狂する。競い合うものがないから三百年近くも続いて来たとも言えなくはない。単純は継続に最も必要な要素なのだ。
 九月四日、日曜日。わたしは朝子に誘われて駅前へとやって来た。だんぢり曳行のメインストリートでもある駅下がり商店街。宮本町はこの場所も一番に上ることができる。これは特権でもなんでもなく、単に商店街が宮本町の町域に属しているという地理的な問題なのだが。
 まず、町名が白で染め抜かれた紺色の纏が先頭を切ってのぼってくる。そして、百メートル近い綱の先方は小学生の子供達。やがて後方に移るにつれ、中学生、高校生。
「あ、あれ見てみ」
 朝子は綱の先頭を持つ数人を指さしていった。
 綱の先端近くは子供達だが、先頭は青年団が握る。足の遅い子供達のために綱が緩まないように全速力で走り続けるそうだ。それを綱先係という。青年団に入りたての新入団員がその役目を務めるらしい。
「滝田君…」
 十五人ほどの青年団。寺西を始め見覚えのある顔が並んでいる。そんな中に緊張と動揺を隠し切れない趣の滝田がいた。
「何であのコが…」 
 わたしは思わず絶句してしまう。
 黒い法被を着て一番前を曳く滝田。だんぢりは未だ動かず、綱を伸ばしている段階なので足取りはゆっくりだ。綱はやがて真っすぐに伸び張り詰める。ギシギシと軋む音が耳に届く。ソーリャー、ソーリャーの掛け声。やがて、青年団幹部のホイッスルが鳴り、鳴物
のリズムが早くなる。
−ピピー!
 滝田たちはそれを合図に駆け出し、駅前の三差路交差点を左に折れる。歯を食いしばり必死の形相で、見ているわたしに気づかず駆け抜けて行く。
(何で、あいつが…)
 町内に住所を持たなくても知り合いの紹介があれば入団できることは知っていた。でなければ、狭く、その上、商業地という立地条件の中、住む人の少ないこの町にあんなに大勢−多分百人以上、の青年団員が集まるわけはない。
(そやけど、何で…)
 運動音痴で体力測定の結果はクラスでも最下位に近い。体育の時、ランニングなどの様子を眺めるといつも最後尾を走ってる。貧弱な体躯に青白い顔色。癖なのかずり落ちるメガネをいつも指で直している。
(わたしがあんなこというたから…?)
 あんなもの言い訳だ。現にわたしは祭りが大嫌いだ。去年までは家に籠もってこの季節が通り過ぎるのをじっと待っていた。朝子や他の友達に一緒に曳こうと誘われても頑として断ってきた。今日も大嫌いな人込みにもまれてうんざりしている。乱暴な男たち。だれもが殺気立っている。汗の匂い、脂の匂い。
(バカが真に受けて)
 わたしは唖然としてしまう。
 だんぢりはアーケードに覆われた商店街を駆け登って行く。子供達、女の子たち、少年団、青年団が疾走し、わたしたちの目の前を通り過ぎていく。交差点の前でだんぢりはいったん停止をする。そして、刻まれる鉦や太鼓の音ともにスピードを上げて直角に曲がる。
 舞い上がるコマの木屑。沸き起こる歓声。
 わたしは通り過ぎて行く一団の後ろ姿を眺めていた。男たちは観客など意にも留めず、今年初めての曳行を楽しんでいる。
 けれどわたしの頭の中にはあの滝田の真剣な眼差しが染み付き、消えようとはしなかった。

  第二話へつづく
 

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